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野良師のつぶやき
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「野良師のつぶやき」

時々読み返す

ミヒャエル・エンデの「モモ」を久しぶりに読んだ。
何年ぶりだろう。最後に読んだのは学生の時だったか。
おとぎ話ではあるが、示唆に富んでいて、今の暮らしを振り返って色々考えさせられた。

 

「時間」を常に意識しながら生活するのは、もしかすると数多の生き物の中で、人間くらいのものかもしれない。「時間」を意識することは、すなわち「未来」を想像すること・「過去」を認識すること。聞くところによれば、「死」を意識するのも人間だけ、ともいう。

「未来」を想像できるお陰で、人間は希望・夢を描けるようになった。同時に不安を感じることも増えた。欲望というのも、死を意識し、未来を想像する中で出てきた脳の作用かもしれない。ああしたい、こうしたい。暮らしを良くしたい、これが欲しい、あれを増やしたい。こうなりたい。

だからこそ、人間は増えた。希望や欲が原動力となった。結果、動物的な暮らしから遠ざかり、安心できる鳥かごの中に自分たちを閉じ込めた。子どものように無責任で無邪気で自由な人間が昔はもっといたのかもしれないとも思う。

10年後、この本を読んだら、どんな感想を抱くだろうか。何より、どんな社会になっているのだろうか。

 

時々読み返す、ちょっと面白い100箇条がある。パタゴニアという一企業を創始したイヴォン・シュイナード氏の思想を元にしており、どうやらパタゴニア社の社訓になっているとか。

パタゴニアン100ヶ条

1.ルールは盲目的に従うものではなく、自分たちで創るものである。
2.過ぎ去りし時代の栄光、成功をひきずらない。
3.夢中になり悪戦苦闘することが仕事であり、それは決して苦労ではない。
4.我を忘れることが遊びである。
5.何事も閃いたり、思ったら、まずアクションをひとりでも起こす。
6.お金のかからない自分なりの贅沢を知っている。
7.ムダな生活用品よりも趣味に関するモノの方が家に多い。
8.業界づきあいは必要最低限にとどめる。
9.神出鬼没。
10.単純なくりかえしの作業に神経を集中することが出来る。
11.神は決して人の姿をしていないと思う。
12.利害関係ではない人間関係に恵まれている。
13.プロの物書きではないが文章を書くのは好きである。
14.投機的なることにはいっさい興味がない。
15.寝食忘れて物事を追求してしまう。
16.太陽系の中のひとつの惑星に自分は生きていると感じることがあり、神秘を知る。
17.生きることはユーモラスなことだと笑うときもある。
18.ハードなときでも人生や仕事を楽しむコツを知っている。
19.大人の常識よりも子供の奔放さに本来の姿を見る。そして感心する。
20.生活習慣のひとつに日記やスケッチがある。
21.インスピレーションやテレパシーに満ちた生活を送っている。
22.およそ営利目的だけで作られた新製品には興味がない。
23.名コックの料理もいいが、山の上で渇きを潤おす一個の果実の至上の美味を愛す。
24.美術館の中の高価な美より日常生活の中に在るさりげない美を愛す。
25.人は誰しもがアーティストだし、そうあるべきだ。
26.クリエイティブな作業に没頭しているときに生きる悦びさえ感じる。
27.歩いて行ける所ならば、車には乗らない。
28.子供の頃から好きで、ずっとやりつづけていることがある。それがあるから自分だと思う。
29.モノの名称よりも、自然に関する名称をよく知っている。
30.動物との共生感が人には絶対に必要な感覚であると信じている。動物は魂の友である。
31.山や海は聖書以上の偉大なるバイブルであると感じたことがある。
32.喜びや富は多くの人と共有すべきものである。
33.悲しみは自分だけのうちにひっそりと秘め大事にすべきもののひとつである。
34.文明ということでいえば、先進国より未開社会に真価をみる。
35.マス・メディアを信用しない。観ない、読まない。
36.都市での流行現象に無関心のうえ、他人を意識したファッションを着ない。
37.どんな問題も頭で解決するものではなく手と足を使い解決する。
38.過ち、失敗からは逃げず真剣に取り組む。
39.手になじんだ道具を使い、創造する趣味がある。
40.コレクターではないが、愛着のあるモノがたくさんあり、大事にとってある。
41.50歳を過ぎてから信念と確信に満ちた仕事をはじめる。
42.生涯一職人的なスピリットを持った自由人であろうとする。
43.人は誰しも何らかの使命を持って生きるべきだと思い、それを実践している。
44.仲間たちとの仕事、遊びであれば思い切りエンジョイできる。
45.原点が何であるかを知り、そこに戻らず、よりよい方向へと前進する。
46.人と能力を競いあうことよりも高めあうことに興味がある。
47.いくつになっても自然に対する驚きを忘れない。
48.ネクタイ、スーツが仕事着だとは思わない。働きやすいスタイルが一番。
49.テキパキと仕事をこなしてしまったら、勤務時間中でもあとは勝手。
50.知的な好奇心と体のはたらきがひとつである。
51.人と人との出会いからすべてがはじまり、そこに未来が開かれていった。
52.誰も歩まなかった道を先人たちの残した英知をムダにせずに歩む。
53.組織はシステムではなく個人が解放されるサークルであるべきだ。
54.何よりも自己の健康の管理が大切である。と同時にメンタリティの自己コントロールも。
55.フラストレーションを決して他者にぶつけない。
56.音楽の響きの奥に感情の源を知る。
57.エゴがある限り、それをのぞむ限り、人は何も得ることができない。
58.町内の人々と親しく長いつきあいがある。街にも通じている。
59.酒場で決して社会、会社、家庭の自慢や愚痴をいわない。
60.よきライバルである親友たちに恵まれている。仕事でも遊びでも。
61.超自然、非科学的世界におけるフォースを信じる。強い関心があり、調べたりもする。
62.何事も決断が早い。
63.体験したことのないことを知ったかぶりをして批判的に語らない。
64.年少者であれ年輩者であれ年の差を超えて、よき人生の友となれる。
65.道具とは社会の中のルールではなく、地球そのものに対する愛であると思う。
66.前例のないことでも、正しいと思えばやってしまう。
67.他人の意見を尊重するが、自分の意見は曲げない。
68.大自然を前に神を感じたことがある。
69.飛行機では行くことのできない旅先に憧れ、何度も実際に行ったことがある。
70.心の通った握手のやり方を心得ている。
71.天体に関する忘れ難き思い出がある。
72.旅行以外のときは手ぶらで暮らすのが性に合っている。
73.昼と夜の過ごし方のメリハリがハッキリしている。
74.いくつになっても、たえず何か学ぼうとする。
75.鍵の数だけ人は不幸であり、賞なるものも、その鍵と同じである。
76.シンプルな生活ほど人の強さをあらわしている。
77.テレビを観ることは、ほんの気晴らしである。観ないにこしたことはない。
78.家族内での断絶はない。
79.自分独自の人生経験にのっとった暦がある。
80.ひとり暮らしの不自由さは感じない。
81.休日に退屈をおぼえることはない。気の向くままに行動している。
82.カルチャー・ショックにより自分自身を強くすることができる。
83.いつも太陽と月が気になる。
84.計算よりも偶然のなりゆきに事の本質があることを知る。
85.自分が心安らげる場所が何処かよく知っている。
86.盛り場よりも"外れ"のちっぽけな町を愛する。
87.マネー・ゲームのために結束し、抗争はしない。そんなゲームからはおりる。
88.古き佳き時代の音楽やアート・オブ・リヴィング、詩、人を愛する。
89.女子供という見方、扱い方をしたことがない — 男ならば。
90.他人のプライバシーをのぞきみしたり、干渉したりするようなことも、気もない。
91.肩書きで相手をみない、そんなものに惑わされない。
92.東洋的、日本的な文化や精神世界への関心がある。
93.何であれ、他人をうらやましいと思ったことがない。
94.どんなに忙しくても、本を読む時間はつくる。
95.遊び友だちとの笑いに満ちた長く自然のつきあいがある。
96.ネイティブ・ピープル、カルチャーに尊敬の念を抱く。
97.臨機応変の生き方をしている。
98.それを欲しているうちには、それは本当に手に入らないことを知っている。
99.海と山で、この地球のことを学び、街で、人生のことを学んだ。
100.はじまりは終わり、終わりははじまり・・・であると知る。

冬の田作り

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

新たな気持で迎えた昨年大晦日、おせち料理の一品「田作り」に挑戦。って言っても、超簡単!
カタクチイワシのちっちゃい子を乾煎りして、ゴマか何かと一緒に炒めるだけ。味付けも醤油・砂糖・みりんを絡めるだけ。

ほんっと簡単なんだねえ。お正月に限らず、おやつがわりに普段から作ってもよさそう。

 

ところで「田作り」。名前から「豊作祈願」っていうのは知っていたけれど、その由来はこんな感じ。ご存知でしたか?

田作り:広義にはカタクチイワシの幼魚の乾燥品であり、またそれを調理した料理のこと。 別名、ごまめ(鱓、五万米、古女)。昔、田植えの時に、(当時、漁獲量が多かった)イワシの幼魚を乾燥し粉にしたものを、肥料として田に入れていたことに由来する。

ということのよう。

 

さて、今年はどんな年になりましょうか。昨年は、個人的には変化の年でした。ですが、東北をはじめ心痛む出来事が立て続けに起こり、今もそれは続いています。すでに言い古されている感はありますが、本年こそはより良い年となりますように。福一原発の周囲では、前々回の投稿で書いたように田畑を作ることが許されない地域もありますが、せめて耕作が許される限り精一杯お米を作っていきたいと思います。

(遅くなりましたが)本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


「田作り」は平皿の上の小鉢の中に 2012年元旦

ひょうたんスピーカーをつくる

今日のひとこと

余呉に越してきて、長らくお世話になっていた方が、先日、急に亡くなった。またゆっくりお話ししに行きたいなと思っていたところだけに、後悔後悔。嗚呼、後悔。

今年は、死と向き合うことが本当に多い。  ー合掌ー

 

****************

 

昨年、知人から瓢箪を頂いた。瓢箪って面白いフォルムだ。腰のクビレは可愛らしく、∞の形は何とも言えずかっちょいい。
そして、その時頭に浮かんだのは、ひょうたんスピーカー!!かつてどこかで聴いたことがあって、ぜひ欲しいと思っていたのだ!

・・・でもどうやって作る?ってことであれこれネットで検索して調べてみた。することは簡単。瓢箪に穴を開けて、スピーカーをくっつけるだけ。でもそれでいいのかな。買って分解して調べてみてもいいけど、ひょうたんスピーカー、高いしなあ。ま、いいや、とりあえずものは試しだ、作っちゃえ。

ってことで、まずはスピーカー探し。リサイクルショップに行く度に、ジャンクコーナーで物色してみるも、なかなかパッとしたのが無い。パソコン用のスピーカーでもいいんだけど、ちょっと心もとない。どうも踏み切れない。井上デンキさんのスピーカーとか付けてみたいけど、そんな予算も無いしw(当たり前か)。

で、あれこれスピーカーのこととか調べているうちに、サイズは6~8cmでフルレンジでいいのかな、との結論。細かい数値は気にしない。でも、値段はピンキリ。さあどうしよう。そんなとき、これに出会った。STEREOマガジンの付録で、自作スピーカーキット!どうせなら、スピーカーそのものから組み立てたい!ってことで、amazonで、即購入~。

そうそう、昔、CDプレーヤーのキットを買ってきて、作ったっけ。

自作プレーヤーに次は自作スピーカー!これは楽しみです。

 

さあ、ひょうたんを準備して箱を開封。

こんなふうにスピーカーセットが入っていて、説明書通り組み立てます。接着がメインで意外と簡単。ハンダが要らないとあるけど、念のためハンダ接着もしてみた。

で、とりあえずスピーカーは組みあがった!

次はひょうたん。
すでに中は処理済みで、綺麗。コンパスで正円を書いて、ドリルでちょっと穴を空けて、糸鋸をさしこんでまあるく切る。そして、ヤスリで磨く磨く。すると!できた!

瓢箪のアタマにちょっと穴を空けて、そこからケーブルを通し、スピーカーの端子にハンダ付け。そこまでできたら、最後はスピーカーと瓢箪をビス止め。(これが思いのほか不細工なのだが、最初はこんなもんだろう。)
麻ひもをくくりつけ、ぶら下げてみた!

まずはコルトレーン、青柳拓次、キャロル・キング、そしてニュー・シネマ・パラダイスのサントラ盤。いろいろかけているうちに、どんどん音が丸くなる!いいね!これは今後が楽しみだ。

今度はひょうたんそのものを作ろうかな?!

福島に行った[3.津波の爪痕もある]

放射能の危険はだいたい把握していたつもり。そういう恐怖や放射線を復習しながら車を走らせていた福島旅。


さて、警察官に南相馬への道を尋ねて、再出発。
前頁に書いた例え話ーもしも放射性物質が星のように輝く粒子ならーを適用するなら、いま、この道路や田んぼや草木は、きっとキラキラときらめいているに違い有りません。そして、そのキラメキが強ければ強いほど、高エネルギーの放射線が放射されているのです。

飯舘村の棚田。丁寧な草刈りが行われた跡。でも、ここにも見えない放射性物質が・・・。

飯舘村はとても元気で活発な自治が行われていた村だそうです。村民が自分たちの村に誇りをもち、合併をしない道を選びました。村の文化や資産を大切にし、 村営の本屋さんがあるということを聞くと、とても穏やかでいい村なんだろうなと(ぼくが本好きなせいもあって)、強く思います。

 

 

「までいの力」という本が、原発事故後に発売されました。いい本です。読めば読むほどかつての飯舘村に行ってみたくなりました・・・。売上の一部は飯舘村の復興義援金に充てられるとのことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福島に行った[2.放射線について]

ところで。
放射能について、ちょっとここらでわかりやすくまとめてみる。福島に行くにあたって今一度勉強してみたので。


唐突ですが、想像してください。
では、まずここに、とある「モノ」があるとします。
よく見てみると、キラキラと反射しています。金色で、重たいです。これはご存知「金」という物質です。この「金」は光を受けて「金色」に輝きます。太陽の「光」のうち「金色」の成分を跳ね返して、我々の目に入ってきます。私たちはこの光を「金色」と認識するのです。
同様に、例えば緑の葉っぱは光の成分のうち「緑色」を跳ね返します。私たちはこれを「緑色」と認識します。反射する一部の光の成分を「目」が感じることで、りんごは「赤」、空は「青」とそれぞれ認識します。何も反射しなかったら「黒」です。

「黄金色」の稲が実ったはずの田んぼ。草刈りをした田んぼもあれば、してない田んぼもある。川俣町山木屋地区。