「水になった村」上映会終了
昨日、余呉町はごろもホールにて「木魂座」主催の「水になった村」上映会を行いました。
来て頂いた皆さま、どうもありがとうございました。
「楽しむ」という言葉がふさわしいのか分かりませんが、この映画をご覧になって「何か」を持って帰って頂ければ、主催者冥利につきます。
ご感想等、お寄せ下さいませ。
来て頂いた皆さま、どうもありがとうございました。
「楽しむ」という言葉がふさわしいのか分かりませんが、この映画をご覧になって「何か」を持って帰って頂ければ、主催者冥利につきます。
ご感想等、お寄せ下さいませ。
余呉のはごろもホールに、200名近くのお客様が来てくださいました。
町内はもとより、県内県外とわず、遠くからお越しの方もたくさんおられました。徳山に行かれたことのある人、徳山ご出身の方、この映画は4回目だという方、本当にいろいろな方がいました。映画終了後、びゅーんと車を走らせ、徳山ダムを見に行ったフットワークの軽い人たちも居ましたっけ。
そんな皆さまが、この余呉の東隣に存在した、今は亡き「徳山村」に各々が少なからず想いを馳せてくださったことと思います。本当にありがとうございました。
(▲▲受付の横には、「こすもす畑」という地元グループのお姉さん(!)達がコーヒーコーナーを特設してくださいました。)
「ダムのために」「ダムのおかげで」「ダムのせいで」「ダムができるから」「ダムなんて」「ダムこそが」・・・。いろいろな接続語によってダムは語られますが、この映画にはどこにもそんなフレーズは出てこなかったように思います。それがこの映画の映画たるゆえんで、だからこそ、観た者の心を打つのかもしれません。
大西監督の講演会。正直なところ、ぼくは半分くらいしか聞くことが出来ませんでしたが、皆さんしっかり耳を傾けてくださったように思います。アンケートにもたくさんの言葉を連ねてくださいました。ありがとうございました。
増山たづ子さん(故人)という徳山村で生まれ育った方がおられます。「カメラばあちゃん」なんて呼ばれていて、「徳山村 写真全記録」という本を出版されています。
その写真集の中に当時の徳山村長さんの言葉がありました。
「大昔から続いた故郷が、お国のためとはいえ消えてしまうことはご先祖さまに申し訳ない。」
結局のところ、その経済の上に、私たちの生活が成り立っているのは否めない事実なんですね。ダムの是非よりも何よりも、かつてのその方々への敬意は忘れてはならないように思います。同じように、その豊かな自然環境に対しても、畏敬の念を忘れてはならないのかもしれません。
そんなことを思いました。
来場者の皆さま、大西監督、スタッフの皆さま、ありがとうございました。また今年末に映画会を考えております。また足をお運び下されば幸いです。
詳細は決まり次第「木魂座(こだまざ)HP」に掲載予定です。よろしくお願い申し上げます。
最後に・・・。
【忘れ物のご案内】
帽子と傘のお忘れ物がございました。お心当たりの方は「はごろもホール図書室」0749-86-8107(田中)まで。