ただ座る
実は先日、田んぼの準備に追われる一日を縫うように、"とある用事"で横浜に出かけた。その"用事"は朝から昼過ぎまでの行程。"用事"については後日触れることがあるかもしれません。
そのまま滋賀に帰っても良かったが、せっかくここまで来たのでと、「総持寺」に寄ってみました。
総持寺。永平寺と並ぶ曹洞宗の大山。山裾などにあるのかと思えば、鶴見駅から歩いてすぐ。意外にも町中にある。
そのまま滋賀に帰っても良かったが、せっかくここまで来たのでと、「総持寺」に寄ってみました。
総持寺。永平寺と並ぶ曹洞宗の大山。山裾などにあるのかと思えば、鶴見駅から歩いてすぐ。意外にも町中にある。
なぜここに寄ろうかと思ったか。
実は上丹生は曹洞宗の門徒さんがほとんどだ、と言う話を聞いたから。上流部の菅並集落に在する「洞寿院」という大きなお寺があり、そこの宗派のよう。
でもぼくにはまったく縁が無く、宗旨について何も知るところがありません。ただ、禅宗ということは知っていたので、一度だけ座禅の体験はしましたが、これはあくまで体験。
そんな折もおり、「禅 ZEN」という映画を観た。今全国のあちこちで上映されています。曹洞宗の祖・道元を描いた作品で、曹洞宗のことを少し知った。ちょっと作り込みすぎのところもありましたが、面白くてタメになる映画でした。
そのせいで、最近のぼくの脳みそには、仏教だとか禅だとか、生きる意味だとか欲だとか、そんな言葉が渦巻いてます。宗教とは人を監視し、律する存在なのでしょう。それぞれに優劣は無いとは思いますが、自分に合う合わないはあるように思います。
思い立って総持寺。(けれど、じつは曹洞宗二大総本山の相方・永平寺には行ったこと無いんです。)
400円納めると境内を案内してくれます。なるほど、でかい。そして、修行僧がたくさん。また、新入社員研修(修行体験)の方もいらっしゃるよう。
修行について、少し聞いてみた。
「座って半畳、寝て一畳」の生活。朝4時起き。座禅で始まり、そして朝ご飯。精進料理は修行に来て慣れないうちは栄養失調になる場合もあるそうです。そして朝のお勤め(読経)があって、掃除。自分の身の回りや150mほどの廊下などをぞうきんがけ。ほかにも毎日たくさんの場所を掃除するそうです。これは見習わなくちゃ。
昼からも部門ごとに分かれて、いろいろなお仕事をするそうです。聞いているだけで大変。
ふと思い出したのが「ヨガ」。これも「瞑想」によって自分に向き合う。体を整えながら自分を知る作業のよう。聞きかじりですが、なんとなく禅とヨガは繋がる部分がありそうです。
総持寺は、思った以上に空が明るく、イメージする禅寺とは少し違った。もちろん耳には静かなのだが、季節が春だからか空気は賑やか。
しかし、本堂は違った。たまたま僧達が読経していたのだが、いかにも厳かで内省を促される。男たちの這うような声がずーんと尻から胸に響いてきた。
「自分」とは「自(おのずか)ら分かる」ことなのか「自らの分(ぶ)」なのか、きっとそんなような意味なのかな。
なんとなく、今の「自分」を発見できる気づきの機会でした。次は京都の禅寺か永平寺にでも。
****
今は田んぼのまっ盛りです。
明日はお祭り。
山は新緑。
春に虫二匹。蠢く、と書いて「うごめく」。自分の中の虫が動き始めたようです。
****
しかし最近のお寺さんは総じて「俗っぽい」なあと感じる隙間があるね。最近増えてきたという総持寺を飛び回るカラスも、なんだかそれを映す鏡のようだった。(カラスが悪いわけでは決してないのだが・・・)