天女の朝日、湯治場、手仕事
早朝から電車に乗った。余呉駅は町の中心部にあるわけではなく、田んぼの真ん中にある不思議な駅。プラットホームからは余呉湖が見えます。
寒い朝だったからか、余呉湖から霧が立ち上っていた。朝日がかすみ、幻想的であった。
余呉湖ははごろも伝説の舞台であり、賤ヶ岳の戦いの舞台になった処でもある。天女の時代にも武士の時代にもきっとこんな霧が立ちこめていて、人を厳かな気持ちにさせたのだろうか。
寒い朝だったからか、余呉湖から霧が立ち上っていた。朝日がかすみ、幻想的であった。
余呉湖ははごろも伝説の舞台であり、賤ヶ岳の戦いの舞台になった処でもある。天女の時代にも武士の時代にもきっとこんな霧が立ちこめていて、人を厳かな気持ちにさせたのだろうか。
今月の頭に東北方面に旅行した。主な滞在地は岩手になるのだが、初めて行って、とても感慨深い地となった。
盛岡や山形などは、もともとが「閉じた」盆地様の内陸地であったり、冬の寒さであったり、と決して住みやすい土地ではないのかもしれないが(あくまで部外者的感想。先入観も大きい。)、行ってみればとてもゆったりくつろげる地であった。
いくつか温泉地を巡ったのだが、このあたりは昔から「湯治場」としての文化が残っており、格安で滞在するために「自炊」というシステムが残っていた。ここに来るまでは何も知らなかったが、どうやらかつて体を患った者はお米や食材を持参し、時にはまくら・布団も携えて逗留していたらしい。
たまたま紹介をうけて泊まった「大沢温泉」にも観光用の綺麗な宿泊棟とは別に「自炊部」というひなびた(されどどっしりした佇まいの)建物があった。興味があれば検索してみてくだされ。
24時間いつでも入れる湯があり、自炊用の調理場があり、暖かいもてなし(これがあって初めて「湯治」。癒されますね)があって、たった一泊だったが、とても印象深かった。
上にも書いたように、食事や布団を持ち込めば、2000円そこそこで一泊ができる。もちろん、無いなら無いで料理もオーダーできるし、布団も借りることが出来る。その分だけ加算されるというシステムだ。
なんとも合理的に出来ている。予算が無いときの安宿としても十分に活用できるが、あくまで湯治場。騒ぐところではなく、くつろぎの場である。
そういう旅館を探して、また泊まりに行きたいと強く思った次第。東北にはまだまだこういう「ニッポン的にホッとする文化」がじわじわと残っていそうだ。
あ、それから敢えて書きはしませんが、泉質は湯治場だけあって折り紙付きですよ。
ところで一昨日。
大阪は堺市の染色工場に行って参りました。「にじゆら」というブランドであたらしい手ぬぐいなどを提案しているナカニという会社です。
「にじゆら」では「注染(ちゅうせん・そそぎぞめ)」という古くからの手法で染めた手ぬぐいを作っており、実は縁あって一昨年・昨年とうちのオリジナル手ぬぐいを作ってもらいました。手仕事でもあり必然的に「にじんだり」「ゆらいだり」するのでブランド名もそのまんま「にじゆら」だそう。
こんなところで作業していました。手仕事ならではの雑多さ。人間的にも温かい人たちでした。
ところで、注染ってなんでしょか。実は知らなかったのですが、簡単に言うと、、、
1、デザインを決め、手ぬぐいサイズの型を作る。
2、そのてぬぐいサイズの布に、型を当てながら防染糊(染めたくない部分に塗る糊)を塗り付ける。
3、それを何枚も重ね、上から染料を注ぎ、染める。
ただ、何色も使うので、それを美しく重ねるのは職人さんの腕次第。機械プリントとは違うので、「にじんだりゆらいだり」するのが必然であり、持ち味になる。
ぼくは仕事上、手ぬぐいが好きで、よく使う。綿の肌触りがよく、濡れても乾きやすく、かさばらないのでハンカチ代わりにも使える。色や模様も美しいのが多いので、頭に巻いても首に巻いてもおしゃれである。
で、だんだん手ぬぐいが集まってきて、今何本あるんだろう?40本くらいかな?数えたことないしまた数えておこう。
あ、うちのオリジナル手ぬぐいも売ってますので、欲しい方はお送りしますよ!
農業という仕事に就いているからか、昔ながらの手仕事、昔からの伝統、そういうものを大切にしていきたいと思います。丹生の奥にも「小原籠」という古い時代から受け継がれてきた手業があると聞いてます(今はほとんど残っていません)。
あ、伝統と言えば、、、。我が集落の伝統の祭りである「茶わん祭り」が来年実施する運びになりました。毎年行われていたけれども、予算&人手不足で3年に一回が5年に一回になり、だんだんと実施が困難になってきてます。ぼくもまだ未体験ですが、話に聞けば、奇祭であり誇りに満ちた祭りであるようです。楽しみ楽しみ。