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野良師のつぶやき
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「野良師のつぶやき」

15日

北陸から東北、東京も、各地で大雨らしい。余呉も夕方は大雨と雷だった。ここ数日、日照時間が少なく雨が多いので、はたして蒔いたソバが発芽するか心配だ。

今日は多賀町の山の中を自転車で走ってきた。芹川沿いを登り、落合・男鬼・武奈などを通って番場に下り降りた。曖昧な空模様の中、頭を下げ路面を見ながら何も考えずにストイックに登り、木々の中をアドレナリンを分泌させ駆け下りる。
途中濡れたアスファルトに後輪を取られ、滑って転んだ。右足の膝・付け根、右肩に擦り傷を負った。・・・ある意味、快感。
体躯に残ったのは心地よい筋肉痛。・・・これも快感。
こういう時間は頭をすっきりさせるのにもっともいい。


ところで。
60年前の今日は長い戦が終わった日。
そのことが意識にあったので、一昨々日、ひっさびさに「二十四の瞳」を読んだ。
今晩はNHKの「日本の、これから」を観た。


個々にいろんな立場があって、個人の経験を背負った上で、各々の歴史解釈があります。NHKを観ていると、そのことを痛感します。
けれども、少なくとも戦争はその結果として、誰かが誰かを殺し、そのために多くの人に悲しみを抱かせました。その想像を元に、多くのひとが戦争を嫌悪しているに違いありません。必要悪として戦争を肯定する向きもあるのかもしれませんが、渇望している人がいるとは思いません。思いたくありません。

『「愛」の対極は「憎しみ」ではなく、「無関心」である』(マザーテレサの言葉だと記憶しています。)名言ですね。ひとは常にひとに期待し、何かを求める。要求が度を過ぎると煩わしく思い、裏切られたら悔しがる。その感情の積み重ねでよりよい人間関係が生まれくる。
天災に憎しみは沸かないけれど、人災には憎しみや謝罪がつきまとう。当たり前とはいえ、ホモサピエンスは社会性を持つ生物として、常に同種を信頼するように遺伝子に組み込まれているのだろう。だから人災には憤り、だからこそ戦争を憎む。

個人が個人と対立し、時に疎ましく思うのは良くあることですが、国家間の意見の対立となるとなかなか話がまとまらない。けれどもお互いに感情を持ちよってじっくり対話をすれば、かならず先が見えてくるように思います。

子々孫々が生きるであろう社会がより明るい社会になれば、好いです。