福島に行った [1.行った理由]
久しぶりのブログ。
3月11日過ぎに中途半端にブログを書いて以来、何か追記し思うことを書こうと思いつつも、何を書いても嘘臭くなりそうで、ついつい億劫になっていました。ツイッターではぼちぼちとつぶやいてましたが、ま、つぶやき程度。もしくは情報を横流しする程度。
3.11はあまりに大きな出来事でした。YouTubeなどで流れていたあの津波の映像は忘れることができません。そして原発。明日は我が身かと考えてしまいますし、考えざるを得ない土地(敦賀の原発が近い)に住んでいます。
さらには、身辺に色々変化がございまして、ゆっくりとパソコンに向かう時間が作れないという事情もありました。その辺の報告はまた皆さまひとりひとりにお会いして、いろいろ語りたいところでございます。
最近の余呉湖。夕暮れ前。
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さてさて。
久々にブログを書こうと思ったのは、先日福島県に行っていろいろ見てきたから。
今回の旅は、「被災地に絵本を」という取り組みに賛同した「ウッディパル余呉」の職員として、という形での福島行でした。目的地は川俣町役場。
川俣町は、福島第一原子力発電所から見て、北西の方角に位置します。西は福島市に接し、東を向けば、月館、飯舘、南相馬、それから浪江。報道でもよく聞く地名が並んでいます。そうそう、愛知県日進市(ぼくの実家の隣町じゃないか!)が「花火に放射性物質が含まれてそうなので打ち上げ中止します」と表明して話題になりましたが、この花火工場の所在地が川俣町でした。
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今から2週間ほど前にさかのぼります。
滋賀に住んでいるぼくのためのメモ
本当にひどい地震です。凄まじい地球のエネルギーです。勝てないです。友人・知人も被災しました。頑張れ、耐えて、乗り越えて、と月並みのことしか言えないけれど、でも信じてるし祈ってます。
そして、コレを読んだら、涙出てきた。みんな暖かいよ。頑張ってる。この国に生まれて良かったよ。
→ http://ideapad.jp/d9385fb4/show/
地震の被害のない、西日本にいて、ぼくに出来ることを、まとめる。箇条書き。自分用のメモとして。今後のために。(追記・変更する部分あり。何より間違ってたらご指摘ください。)
そして、あくまで自分のメモのつもりですが、もしか誰かの役に立てばいいと思って書きました。ですので、最後はご自身のご判断を添えて結論を出してください。
参考サイト:東北沖地震被災地への援助総合@wiki , 【東北地方太平洋沖地震】西日本の私たちができること
- 節電。特に夜に不足する予想らしい。復旧にはおおよそ1週間かかる「らしい」。twitter情報とのこと。
中電や関電から東電などに電力を回している。距離が遠いからロスはあるだろうけど、だからこそ多くの電力を回したい。特に病院の電力を確保したい。 - 被災地方面の友達に不必要な電話をしない。心配だけれど、我慢する。メールはまだマシ。でも、その地域が停電ならば、携帯の充電が切れるかもしれない中で過ごしているだろうので、SNSやtwitterなどを使うほうが相手の自由意志で確認できるので、そのほうがいいだろう。
家族や親戚同士の連絡、それから救急。早急に必要な連絡を必要としている方がいる。回線に不可をかけないようにしたい。 - 義援金。寄付、募金、窓口いろいろあります。でも、家を訪問する詐欺もあるようです。信頼できるところで。
→募金サイトまとめ - 献血。ただし、計画的に。今すぐたくさん欲しい訳では無いらしく、一気に供給が増えても需要に追いつかない。全血献血の保存期間は最大21日、成分献血は3日である、とのこと。 特に400ml献血は一度献血すると、次回は3ヶ月後(男性の場合)まで無理なので、まさに「計画的」に。
→献血について
→災害時の献血のありかた - 災害ボランティア。受け入れ態勢が整うまで行かない。ネットやメディアから募集情報を手に入れてから。それまでに「ボランティア保険」について調べておくのもいいかと。二次災害のリスクは常につきまとうので、何かあったときのために。そして、何より女性は一人で行かないほうがいいとの話もあります。
→まとめ
→ボランティア保険例 - 支援物資。現状はまだ物流が復活してないので、まずはお金だそうだ。そして要望があったら、それに合わせて送るべき。誰だよ、家の余剰物を送る輩は。
→例えばこのサイト
→物資についてはココが非常に詳しい
→滋賀彦根なら12日、13日、「彦根市民体育センター」で救援物資受付。主催はプロバスケチーム「滋賀レイクスターズ」。
新年のご挨拶にかえて
あけましておめでとうございます。
淡々と新しい年が開けるかと思いきや、イキナリの大雪にびっくりしてます。余呉では50cmほどでしょうか。
毎年通りおくればせながらの年賀状を書きつつ(というか、年賀状は元来年明けてから書くものだそうですよ←言い訳)、窓の外の雪景色を見て、明日の雪かきを想像しつつ、ちょっとげんなり。でも近々スキーに行こうかな。
さてさて、年始早々さてブログには何を書こうかといろいろ考えておりますが、これといって皆さんに上手に伝えられるようなうまい文章は浮かびません。ですが、今年は少しばかり違った一年になりそうです。期待半分・不安半分。ちょうど一年先には、こんなことがしたかったんか野良師は、と言われるような年にしたいと思っています。
農を取り巻く政治の世界でもなにやら騒がしいようです。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加の是非について最近よく質問を受けますが、難しい問題ですよね。商売は「自由」が基本です。ですが、「国」という単位を超えるとき、それは自由なだけではうまくいかないことが多々あります。
お金ってできれば使いたくないもんです。関税が無くなって、安いものがたくさん入ってきます。農産物のみならず、良いものも悪いものも、のきなみきっと安くなるでしょう。バランスを取るために減った関税の分だけ、別のところで増税があるかもしれませんが、たぶんそこは上手に「安く」流通させるんでしょう。で、農産物は壊滅的な打撃を受けると言われてます。農協が潰れる、なんていう意見もあります。ぼくのような中途半端な(世間的にみれば兼業農家)はさておき、大規模農業経営体は、いろいろと心配になっていることでしょう。
でも、ぼくは農業は続けたいと思います。そして、日本の農業が潰れることはないし、潰れないように皆で考えていってほしいなと思います。農は農産物を作ることだけではなく、日本の文化の下支えだと信じています。例えば、オペラと狂言を比較しても仕方がないし、三味線とギターについてどちらが優れている、なんていう意見は的はずれなように、日本には日本の「農」ってもんがあるんです。その農に育まれたもろもろのことに価値を見出すような文化がもっと育っていってほしいなと期待してます。
ってことを書くと、え?何?政治に興味持ったの?なんて誤解を受けそうですが、そうではありませんよ(笑)。今年は初心に帰って、「農」の持つ魅力や文化的財産をうまく伝えていけるような取り組みをしていけたらいいなと思っているのです。たぶん農産物を作るだけではない、農の幅を広げます。ヒントは最近のツイッターのつぶやきでしょうか。農の楽しみ方をもっと幅広く考えて、感じてもらえるようにしていきたいもんです。
みなさまには、ご迷惑やご無理をかけるかと思いますが、本年もご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。
おいしい!メモ。
ご無沙汰しております。ちょっとメモです。
英語 Good!/Nice!
フランス語 C'est bon!
イタリア語 Buono!
スペイン語 Rico!/Bueno!
中国語 好吃!(ハオチー)
韓国語 맛있어요!(マシッソヨ)
どの国の言葉も、「良い」とか「味がある」いう語を使っておいしさを表しているっぽい。
日本語だと、「おいしい」「うまい」は味覚を表現するためだけに(ほぼ)用いられてるけど、他の言語はそうでもないのかなあ。また調べてみよう。
ちょっとしたジョークだそうな
ネット上に転がっている、ちょっと有名な小話。 これをもって、久々の投稿とする。お許しを。
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「得られる物」
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも活きがいい。
それを見たアメリカ人旅行者は、「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」と尋ねた。
すると漁師は 「そんなに長い時間じゃないよ」 と答えた。 旅行者が 「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」と言うと、漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」 と旅行者が聞くと、漁師は、「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子供と遊んで、女房とシエスタ(昼寝)して。夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって… ああ、これでもう一日終わりだね」
すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。 「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。 その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」
漁師は尋ねた。 「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」 「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」 「それからどうなるの」
「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」 と旅行者はにんまりと笑い、「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て日中は釣りをしたり、子供と遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」
