足と口の病とぼくらの手。
外は梅雨かというくらいにひどい雨です。
今日は中途半端に昼寝をして眠れない夜になってしまったので、ブログ更新。こういう長文は夜に書くに限るね。内容は口蹄疫のこと。ぼくらに出来ることってなんだろう。
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世間では口蹄疫(foot-and-mouth disease)が宮崎を襲っている。この病は偶蹄目の獣が感染するウイルス性の病で口と足(蹄)に水泡ができるのが特徴。感染力が強く治療方法が無いので、感染が確認されたら殺処分が義務付けられている。
4月に発症が確認されてから現在までに(ここでは政治的責任は抜きに考えよう)、20万頭を超える豚と牛の殺処分が決まっている。この頭数は比較するにぼくの住む長浜市の人口12万人を遥かに超えている。たくさんの家畜が食べられるためではなくただただ殺されようとしている。畜産農家のみなさんの心中はいかばかりか・・。
宮崎の農家さんのブログを読んだ。胸がつまる。涙がでる(ココとか。苦悩はココとかも)。殺処分の現場を記したJ-castニュースも読んだが、ただただ悲しい。原因は不明。家畜の餌とも言うし、中国への旅行者からとも言う。けれど、そもそもが数十キロを移動する強力な感染力を持っているウイルスなので、原因究明よりこれからどうするか、だ。
空気は動くし、人もモノも移動する。明日には滋賀や北海道で感染が発覚してもおかしくない。近江牛も、奈良公園の鹿も、野山のイノシシやカモシカも偶蹄目であれば平等に感染の危険がある。
宮崎は遠いけれど、やっぱりつながっていることをイヤでも認識する瞬間。
さて。
ところで、冷静に考えてみると、こういう事件は知らなかった物事の裏側が明らかにする、という側面を持つ。中国の餃子事件や狂牛病、最近の普天間のニュースもそう。今回、宮崎が畜産王国であること、日本の畜産の屋台骨であり、近江牛や松阪牛も宮崎の血をひく牛を預かっているということ、そう考えると殺された種牛「忠富士(カッコいい牛です)」の遺伝子をもつ肉をぼくらは食べたことあるのかもしれないし。
今殺されている20万頭の牛や豚たちも、いずれは食べられる運命にあった。ぼくたちはそういう世界に生きてるんだし、それだけの肉と命を当たり前に口にしている。哀しいかな、そういう動物たちの死を感じることはなかなか無いけれど、畜産農家のみなさんは、「殺処分」であれ「出荷」であれ、常に生きものの死と向き合う仕事をされているんですよね。むくわれるであろう出荷作業もきっと感情を殺さねばやり遂げれない場面がきっとあるだろうし、ましてや今回は病気で納得のできない死だけに、本当に悲しみは倍増しているだろう。常に死と向き合う、そのことにあらためて頭が下がります。
この事件はそういうことを認識する機会になった。悲しいけれど、これを明日に生かすことを考えなくちゃいけない。菌やウイルスがそこら辺にいっぱいいることを知って動物園を歩き、肉は悲しい死の延長にあることを知ってパックを手にし、獣を育てている「人」がいることを感じながら宮崎の黒豚や牛肉を口に運んでみるのがいい。そうしてみるよ。
牛や豚たちに感謝したい。宮崎を応援したい。肉を通じて人とつながっていることを認識した。そんな貴方へのヒント ↓
・義援金寄付受付まとめサイト:ライフハッカーブログ
・こういうふうに宮崎のものを購入することで寄付に協力することもできる:畜産農家応援セットの販売
ぼくらの手でできることは何か、同じ農に携わる者としてできることは何か。こういう自体が起こったときこそしっかり考え行動しなくちゃと思いました。・・・すいません、なんか説教くさい日記になってしまいましたね。
じゃ、ちょっと和む記事。毎年恒例の天皇陛下がお田植えされたニュース。→ TBS動画、2chのまとめサイト(陛下の刈り取り姿とかお蚕さんの写真もあった)
農業って縦横の今を三次元で考えるだけじゃなくて、時間軸を加えた四次元の思考が必要。だって天皇のお田植えって、たどれば何百年・何千年の歴史があるし、今年の収穫できるであろう種籾を使って来年も同じ土に植えるんだろうし。
宮崎の畜産農家の方々も今は苦しいだろうけど、未来を描いて、どうかがんばって欲しいです。