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野良師のこと_》雑想

雑想 -農への想い-

友情、「銭金」、地産地消に勝るもの、ライブドア。

今日は好い出会いがあった。
夜は長浜の沖縄料理の「めんそーれ」で会食をしたのだが、友人の友人や、友人の友人の友人と呑んだ。
友人の友人の友人とぼくの知人の娘さんが知り合いだったりした。

友人の友人の友人が友人の友人の友人と友人であることは、案外よくあることで、
きっとそうやって、世界は輪になっていくのかもしれない。

縁は円なり。
で、家に帰った。 朝が早いので、12時でも十分に夜更かしである。 けれども、メールチェックしたら、ついに来てました!! テレビ番組『銭形金太郎』の出演以来。 「夢に向かって明るく頑張っているビンボーさんを応援しよう!というコンセプト」な番組だっていうのは、数回見たので知ってるけど・・・ いやあ、まいった、どうしよか。ネタになるよ。 でもね、 ぼくはお金がないだけで、ビンボーじゃないのよ(←プライド)。 夢は追うのじゃなくて、掴むものなのよ。(←妙な自信) だから、出演依頼は考えるまでもなく断るつもりなのだが、だけど、インターネットって凄いね。「銭金」の制作者がぼくのサイトを見てメールを下さったわけだ。ネットが人を結ぶんだ。 今回の番組出演は断るけれど、これからもまた、人と人が繋がって、何かが動くといいなあ、と心底思う。 「地産地消」という言葉がある。 その地域で取れたものをその地域で消費する、という考え方で、主に農産物について議論される。グローバルな流通とは対極にあるもので、自給自足な生活というのがその究極なのかな。 地産地消、うん、確かに目指したい。流通経費やそれに付随する化石燃料の消費ついて考えると、理想的な物流形態だと思う。 けど、そんな土地の概念をあっさりと飛び越えてしまうのが、「ひと」への想いだとぼくは思う。 親友のAが作ったミカンをぼくは食べたい。仮にAが滋賀に住もうが、三重に住もうが、はたまた九州に住もうが、フランスに住もうが、南米に住もうが、ぼくはその人のミカンが食べたい。 そう思ったとき、たぶんその想いは距離をも超える。 理念や理屈より情が勝るんだと、ぼくは思う。 ミカンが腐りやすいならそうならないような手だてを考える。それもまた情が後押しする。 そうやって、世界は「発展」してきたに違いない。 つまり。 今はお金っていう尺度でものを見ることがほぼ「当たり前」になってるけど、いま、流通がこれだけ発展したのは、コレコレこういうものをあそこの人たちに食べて(使って/喜んで/笑って)もらいたい、というちょっとした想いからスタートしたんだろう。 決して、儲けたい一心で始めたものではないはず。 だから、お金という尺度でものを見がちな現代になって、「地産地消」という言葉が逆説的にクローズアップされることになる。 そして、尺度がお金だけになったときに(情が抜け落ちたときに)、人は落ちる。 もう一度書くよ。 「縁は円なり。」 「円」という言葉が持つ、ふか~い意味が伝わると、いいな。 以上、酔いに任せた論考、おしまい。 おやすみなさい。
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