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野良師のこと_》雑想

雑想 -農への想い-

赤目自然農塾

 先の土日のお話しです。

 ずーっと前から、気にはなっていたものの、独りでふらりと行くには敷居が高かったので、その時が来るのを待っていた感のある「赤目自然農塾」。

 初めて耳にする方も多いと思いますが、簡単に言うと「赤目」にある「自然農」の塾で、川口由一さんが代表を務められています。(本も色々と出ているので、興味もたれた方は探してみて下さい)
 「自然農」という言葉の響きと、彼らが目指している農のあり方に一目置くところもあって、以前から勉強しに行きたいとは思っていました。

 このページとリンクし合っている「グリーンライフを楽しもう!」のhutan-orangさんと そもそも「自然農」とは生命の営みに逆らうことなく、「耕さず、肥料、農薬を用いず、草や虫を敵としない」農のあり方です。  確かに、現代の農業は肥料を用い農薬を使い、ただの草や虫を雑草・害虫と位置付け、栽培とは作物を「管理」することだとされています。  ぼく自身はこの「管理」という言葉が苦手です。「管理」という言葉を使うだけで、作物がのびのび育つのを妨げているように感じるのです。  そういう点からいえば、「自然農」は理想的な形かもしれません。赤目自然農塾ではガソリンなどの石油エネルギーを使うことも極力しておらず、その景色はなんともほのぼのとしていました。 IMG_2358.jpg  こういう景色にこれだけの人がいるのは感慨深いものがあります。今の田んぼや畑にはこれだけたくさんの人はいません。いるとするならば、最農繁期のゴールデンウイークの休みの日だけでしょう。  そして思い思いに手作業で自分の田んぼや畑で作業をしています。遠くは東京や九州からも来ておられるようです。わざわざ何故?と思わないでもないですが、きっとなんらかの魅力があるのでしょう。  けれども、自然農に関する本などを手に取ったり、農塾の雰囲気に浸ってみると、ある種の宗教を思い起こさせたり、閉鎖性を感じないわけではないのです。農の場が哲学臭くなっているのも、嘘くさい。  農の場は決して哲学的では無いと思います。哲学以上に自由です。下を向く場では無く、内省的でもなく、空を見上げて楽しむ場所です。(←あ、余計嘘くさいかな、コレ。)  最近よく人に言うのですが、農って結局のところ「自分」が為すべきことではなく、あくまでお天道さんのワザです。アレコレ考えて何か手を入れても、結局のところ、お天道さんによって育つのです。どれだけ肥料をやろうとも、太陽が照らなかったり、雨水が無ければ育ちません。手のかけすぎは足を引っ張ります。  そういう意味では子育てにも通じますね(※子を育てたことありませんが)。なるようになる、という意味においては、植物も動物も一緒です、たぶん。  難しく考えてるより、感性を働かせた方が、いい。("Don' think ,feeeel!"という名言もあることだし)      前回の日記に「土を作る」こと「微生物を生かす」ことについて書きましたが、「自然農」はその究極なのかもしれません。その場の命を生かすのです。  耕すこともせず、代かきもせず、イネの間の草を刈るだけ。麦との二毛作であることを活かして、麦のワラで抑草効果を狙うだけ。そして、その場の生命を大切にするのです。  それでも立派に育ってます。これには驚いた。いい姿してます。  IMG_2363.jpg  hutan-orangさんの田んぼはたまたま水が不足していたので、こんな風にイネの間に座って作業も出来るくらいになってます。(イネがどれかワカル?これじゃ分からないな・・・。一週間前に植えたんだってさ。まだ細いし、草もまだあるし。)  そして、その横で旦那さんが畦塗りの準備中。 IMG_2354.jpg  イネの姿をみて、気付かされたことがあります。また来年にでも試してみたいことが増えました。いずれにせよ、キーワードはやっぱり微生物、かな。  その場にいる見えない生物をうまく働かすと、好い土が出来るんだと確信。好い土が出来ると、たぶん、作業が減る。手をかけなくても、作物自身がうまく育ってくれるような気がしてきました。  ヒントがたくさん。勉強になりました。  hutan-orangさん、また手伝いがいるときは誘ってください。ありがと~!
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